というわけで、冥王星が水瓶座を通過していく(滞在する)時代が始まった。(正確にはまだちょっとある)
個人的な話だけど私は、土星と冥王星という大御所エネルギーから割とプレッシャーを受ける角度で生まれ、しかも水星は逆行生まれという水瓶座で、ここんとこずぅ〜っと土星圧が半端なかったため、「近所じゃ一番、冥王星をお迎えする準備ができてるんじゃなかろうか」っていうぐらいの気分で、どちらかというと、「やっと始まる」とばかりに「ほっ」としている。 生と死、光と闇(影ではない)といった、決して軽んじることのできないテーマで、決して忖度しないエネルギーを持つ冥王星が、自由、平等、博愛、最先端、改革、個性などのキーワードを持つ水瓶座に滞在する。 考えただけでも、背筋がピーンと張っちゃう。 ここ数年の試行錯誤は全て、この冥王星の水瓶座時代を効率よく迎えるための準備だったらしく、冥王星がジリジリと近づいてきた段階で、そのエネルギーで一掃されていくテーマがどんどん可視化されてきたように感じる。 可視化されるというのは、エネルギーワーク的に顕在意識化するという感じで、自分できちんと認識できるようになるという意味。 手放す、乗り越える、改善する、治す、癒されるなどなど、いろんな言葉で表されるけれど、一番大事なのは「何を」というところ。 そこを本人がしっかり見つめられた時にだけ、手放せるし、乗り越えられるし、改善できるし、治せるし、癒せる道筋が現れる。 前のポストに書いた、薬害だけで済ましてはいけない、という話もある意味、冥王星のエネルギーを受けた水瓶座っぽいことを書いたな〜って後から自分で読んで感じた。 冥王星も、水瓶座のエネルギーも、加害者にレッスンを与えるが、被害者にも、「再び同じことが起きないように」レッスンを与える。 しっかり確実に学んでほしいのだ。 例えば水星はスピーディなので、「じゃ、これとこれは次回話しましょう!さようなら〜!!」みたいな感じで、語尾は動きながら言う感じ。 冥王星は違う。 全部、根本的なところから、深く、どこまでも必要なだけ深く、洗いざらい、とことん、どこまでも向き合う感じ。 部屋の掃除は済んだから、とりあえず、ほっと一息つかせてもらって、後は冥王星にお任せしようと思ってる。
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先週末に、東京へ引っ越してきました。
これまで、大阪、京都、キャンベラ、ロンドン、ポーツマス、ロサリート…に住んだことがありますが、東京は初めてです。 12月から、ご縁を頂いて、企画関連会社で仕事をさせてもらっている関係で、思いがけず、東京での暮らしが始まったのでした。 本当に、人生何が起きるかわかりませんね! 東京に住むことがあろうとは!!!! クリエイティブな会社で、文章を書いたり、編集したり、通訳、翻訳したり、イベントの企画運営を手伝ったり、面白いことをさせていただいてます。 最初に代表の方から言われたのが「ウチは事務処理無いから」で、これは衝撃的でした。 ロンドンで、日系だろうが、英系だろうが、所謂会社というところで、面接時にいつも言われるのは「事務処理みたいなこともやってくれる人を探してる」で、一度、日系の会社の面接では、「ウチはね、自分で工夫するような人は探してないんだ。言われたことだけをきっちりやってくれる人を探してるんだ」とハッキリ言われたこともありました。 私、事務処理は得意じゃないし、ほぼ自動的に工夫しちゃうし、本質的に物事を組み立てていくタイプ。 常に考えてるタイプ。(*考え込むタイプ…では、ありません。) 私はそういう人材だから、そういう人材を探してるところへ行かなきゃ、ツマラナイと感じてしまうんですよ。 現在の会社では、何かを練ったり、考えたり、創造したりという、本当の意味でクリエイティブな活動に携わらせてもらってます。 もちろん、エネルギーワークも並行して続いてます。 仕事を幾つやろうとも、エネルギーワーク一本だろうとも、私が、1ヶ月で見れるクライアントさんの数は変わらないのだと気づいてから、勧誘をやめたら、口コミで広がっていき、クライアントさんは、打ち寄せる波のように流動的で、レギュラーで受けてくださっている方々とのバランスも取りやすく、自然に整ってくれて、ただ感謝です。 だから、面白い仕事が始まったけれど、何かを減らしたり、区切ったりする必要もなく、これまで通りの濃さでやっています。 そう、濃さは同じままに範囲を広げていく…、これがExpansion、拡張です。 2019年までは、これが怖くてなかなかできなかったんですよねぇ。 だから、範囲を広げると薄まっていた!! 今は、濃度は同じまま、広がってってます。 新居は、小高い丘にあり、見晴らしがとても良いのです。 デスクもテーブルも揃い、とりあえず一息…の週末です。
「カナダという政府の崩れようがすごい。
twitter.com/j_sato/status/1495230517398347776?s=20&t=yZy99FfFjs8okpxQD_JT_w こうなってくると、国会だとか、議員だとか、Mister Speakerとか、そういったモノに意味が無くなったんだということが、はっきりとわかります。 そういったモノ=型。 肩書き、地位、名誉、評判といったものは全て型だから、カナダという政府の崩れ方を見ながら、いやぁ、風の時代らしいなぁ〜と思っています。 オーストラリアやカナダ政府の型崩れが甚だしいだけで、この、型が急速に、その意味がなくなっていってるのは世界中、どこも同じだと思います。 現れ方がちがうのは、前のポストで書いたような「個体差」であって、どこも同じ、型崩れ…。 前ポスト、個体差については、こちら↓ creativeenergyhealing.hatenablog.com/entry/2022/02/17/094352 思えば、「エッセンシャルワーカー」といった、巧妙に、プロによって作り上げられたプログラミングも、結局、一周して「え?どんな仕事も、ビジネスも、やっている人がそれで生活してたら、エッセンシャルじゃないの?」という、当たり前のことに皆、気づいたのだから。 型崩れは目の前で起きてます。 絶対上手くいかない、じゃなくて、既に失敗している計画。 だって上手くいってたら、2020年にアレで行ってたワケで…と思ってたら、同じこと(多分)を言ってる方がいました。 twitter.com/kikuchi_8/status/1494803386000359424?s=20&t=yZy99FfFjs8okpxQD_JT_w 様々なプログラミングが込められた「型」も、かつての人類にはバンバン作動していたわけですが、人類が集団催眠から目を覚ましていく過程において、以前と同じレベルで型が作動しなくなっているどころか、 カナダ政府みたいに、どんどんボロボロ、ボロを出してくれちゃってるわけですね。 何もしなければ、ねじれは自然と元に戻ります。 何をしなければ…というのは、我関せず…という意味ではなく、自然に沿っていれば…という意味です。 その自然も、Natureというよりも、自然体という意味での自然。 ひとりひとりが、「自分らしく」在れば、おかしいことや嘘に気づけるわけです。 それらに「我関せず」と無視を決め込むのでは、自然に逆らってるわけですから、上手くいきません。 だからこそ、YesにはYesを、NoにはNoを意思表示しながら、私たちは選択しているわけですね。
2020年、ロックダウンのイギリスで、私が正気でいられたらのは、ヴォルフガング・ボーダング、ライナー・フルミッヒ、マイク・イードン他、このドキュメンタリーに出てくる人々のメッセージがあったから。
最初の方に登場する、パープルのトップを着たアスリートの言葉は、当時の私や、その他のたくさんの人々が感じていたことです。 この2年で、私の視界も大分整理されました。 ↓是非、週末見てみて! |
Ray of Sunshine
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