念が強い人のところへは、いろんな人が集まってくるけれど、
念が弱い人のところへは、同じように念が弱い人が集まります。 よく、「念を飛ばされた」とか、「嫌なエネルギーを感じる」からとかで、バリアを張るように、プロテクションとか言いますが、 その前にチェック! 念が飛んでくる人は、自分も念を飛ばしている・飛ばしたことがある・飛ばせる人です。 だから、被害者ではないんです。 被害者である時、私たち人間は無力ですから、何もできません。 でも、次の一言で、被害者のプログラミングも外せる上、誰かや何かの念に影響されにくくなっていきます。 それは、「お互いさま」です。 自分も、それだけ強い念を持ってるから、飛んできたそれがわかるだけ。 念が弱い人なら被害に遭うのみ。 この「お互いさま」は、風邪レベルのウィルスで大騒ぎする人にも、思い出したいところ。 ジャーナリストの鳥集徹さんが、フツーのことを仰っていましたが、念も同じ、というわけです。 twitter.com/torutoridamari/status/1485927192144269316?s=20 世界では既にエンデミックの方向へ向かっているのに、2020年当初から、世界のトレンドを後追いするように、日本へは少しズレて実施されます。 だから、日本でも↓このようなことや、あのようなことが、どんどん出てくるんじゃないでしょうか。 パーティゲートに揺れるイギリスでは、首相も、一つじゃなく複数のパーティに参加していたことがわかり、「だったら、同時期に、集会やパーティを開いて罰金を払わされた人たちに、返金すべき!」という世論が高まってます。 twitter.com/emilyhewertson/status/1485934638811996165?s=20 「ぷっ…、言われてら…」って感じで、至極フツーの意見だと思いましたが、 ロックダウン中は、罰金も数千ポンドでしたから、普通の人は、そんなの簡単に払えませんでした。 だからあの頃、抗議集会を企画したかどで、逮捕され、罰金を払うためにファンディングサイトで、資金を募っている人たちもいました。 こうして、絡れや解れはきちんと始末していくというフェーズに、私たちは入ってきました。
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自分軸で生きるってどいういうことか?
それは、被害者モードで生きていないということだと思います。 被害者モードで生きていると、自分の認識が曖昧で、常にボーダラインを彷徨ってるため、ブレやすい状態です。 この、ブレやすい状態は、自分の中で、認識が曖昧になってる状態であり、かつ、物事を良し悪しで見るというように、二極のどちらかから見てる時に起こります。 つまり、曖昧さと、二極化が同居してるわけです。 だから疲れます! 店員さん、同じ職場の人、通りすがりの人のような他人から、パートナーや家族などの近しい人までをひっくるめた、自分以外の人たちの、表情、声音、振る舞いの影響を受けやすいのが、被害者モードで生きてる人です。 影響を受けやすい、というのは、自己評価の変動が「影響を受けやすい」ということで、くるくると、目まぐるしく変わるわけです。 たとえば、「いらっしゃいませ」から「おはようございます」の、挨拶ひとつで、「あれ、私何かした?」みたいに、文字通り「被害者」になってしまうわけです。 そんな人は、他者の評価も激落させます。 たとえば、誰かが不機嫌で無礼な振る舞いをした時、被害者モードじゃない人は、「きっと何かあったのね〜」と、気にしません。 これが、自己啓発でいうところの、自分軸で生きてる人。 被害者モードで生きてる人は、そんな時、「私、あなたに何かした?!」みたいな反応をします。 相手にそう言わなくても、思った時点でエネルギーは作られてますから、言おうが言うまいが、自覚がなければ同じこと。 これが、他人軸で生きてる時で、相手を「何もしてない私に対して無礼な態度をとる怪しからん人」にしてしまうわけで、ここが二極化が出るところでジャッジ。 自分軸で生きてる人にとって、誰かが不機嫌なのは、自分とは無関係だし、それが、その不機嫌な人のデフォルトじゃなくて、何か理由があるからだと放っておけるわけです。 つまり、相手の人格まで否定しないで済むわけです。 相手の人格否定をしている時、身体症状でいえば、それは炎症を起こしてる時で、拗らせる、とも言います。 炎症、拗らせは、インナーチャイルド・アダルトチルドレンと、深くかかわってます。 パンデミック中のイギリスでよく聞いた英単語は、Jab。
それは、お注射のこと。 ジャブと発音します。 使い方はこんな風。 Have you been jabbed? お注射は打ちましたか? I haven't been jabbed. お注射を打っていません。 I've been jabbed. お注射を打ちました。 I won't have the jab. お注射を打ちません。 I will have the jab. お注射を打ちます。 皮下注射を指す単語は本来、Injection(インジェクション)なんですが、どうしてジャブなの?! 不思議に思い検索すると、なんと、そのまんまの記事がガーディアン紙から出てきました! www.theguardian.com/books/2021/feb/04/why-do-we-call-vaccinations-jabs ー以下抜粋(拙訳)ー …なぜCovid-19ワクチンを "ジャブ "と呼ぶのだろうと不思議に思うかもしれない。なぜジャブは「注射」という意味になるのだろうか? 動詞 "jab "はもともとスコットランド語で "job "という擬音語であり、16世紀以降、鳥をつつく動作を表すのに使われ、その後、突いたり、突き刺したりする動作に使われるようになった。(ロマンチックに言えば、"to job faces "は相手に熱烈なキスをすることを意味します) そのため、ボクサーの利き手ではない方の手で打つストレートパンチを意味する "jab "も使われています。(1901年のイギリスのボクシングチャンピオン、ロバート・ジェームズ・"ボブ"・フィッツシモンズの護身術マニュアルには「できれば左手でジャブを打て」とアドバイスされている)。また、嘲笑や揶揄の意味もあり、「言葉のジャブ」とも呼ばれる。 一方、医学的な意味での「ジャブ」は、1914年の犯罪スラング辞典に紹介されているように、あまり好ましくない由来を持っている。「モルヒネやコカイン中毒者の間で流行しているジャブ、皮下注射のこと"」… ー抜粋終わりー おお〜、面白い! 元々、擬音語で、こう「ぶっすり」突き刺すイメージなわけですね。 犯罪スラング辞典ってことは、日本の刑事ドラマとかで、薬物中毒者が「シャブ漬け」みたいに言われますが、あれもジャブの活用形だったりするのか???? と思いきや、違うようです。 keisaisaita.hatenablog.jp/entry/2019/05/29/200502 いや驚いた、調べる人、いらっしゃるんですねぇ。(あ、私もか!) 「アンプルを振った時の水分の音」が語源であれば、英語のJabの語源と同じで擬音語からですね。 はい、これで今日は、Jab、Injection、覚えましたね? ついでに、義務を表すMandatoryも覚えてしまいましょう。 パンデミック英語では、 No Mandatory Vaccine ワクチン義務化無し としてよく見ましたが、本来はこんな風に使われます。 例えば、大学のオリエンテーションで。 It's mandatory to take at least one foreign language class for the first year at the university. 大学入学後1年間は、少なくとも1つの外国語の授業を受けることが義務づけられています。 例えば町内会?の会議のお知らせに、 Attendance at the meeting is mandatory./会議への出席は必須です、と書かれていたりします。 つまり、言われた時に「いえ〜い♪」とならないことが対象になるわけです。 だから、間違っても、 It's mandatory to have one desert after lunch. /昼食後にデザートを1つ食べることが義務付けられています、なぁんてことにはならないわけです。 というわけで、私たちが、自分のために誰かに対して使わない単語のひとつであり、 これがチラつく時、誰も自ら進んでやろうとしないことが対象になっているということです。 類義語にCompulsoryがあり、それは、Compulsory Education・義務教育です。 ね?「いえ〜い♪」じゃないでしょ? だから今回も、打った人、打たなかった人、打たない人が、一致団結して反対したわけです。 逆に、「いえ〜い♪」なエネルギーを持つのが、 Freedom of choice 選択の自由 Freedom ofの後を入れ替えれば、バリエーションも作れます。 Freedom of expressionで、表現の自由。 Freedom of occupationで、職業の自由。 全て、自分に直接関わるし、「いえ〜い♪」と広がるエネルギーを持つ言葉。 それが、Freedom of〜です。 というわけで、パンデミック英語でした。 |
Ray of Sunshine
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