トランプさんの、テキサスでの演説中継を見ていたら、突然中継がカットされた気がしたのだけど?
??? これはトランプさんがテキサスへ行く前に答えていたインタビュー。↓ https://www.youtube.com/watch?v=OpPZptLpGAo そこでハッキリと、「(メディアのやったことは国中から)大きな怒りを買った。」そして「いかなる場合も暴力は回避されるべきだ。」と述べていた。 やっぱりトランプさんはスピリチュアルな人物で、エネルギーの物理現象をよく分かってる人だなぁと感じる。 インタビューでもよく、今回みたいに「怒りが蔓延してる」みたいな表現をするものね。 英語でスピリチュアルというと、日本のソレとは違って、例えば、神さまとか、大いなる存在とか、呼び方はそれぞれが決めてくれれば良いけれど、目に見えない存在を畏れる人のことを指していると思う。 トランプさんは固定概念やジャッジメントをどんどん壊してくれるけど、ポリシーがあるでしょ? それは、誰も見てないからって盗んだり殺したりしないのと同じ感じ。 例えば、アメリカの下院議長なんか見てるとガツガツしており、「あ、この人は何でもありな人なんだな」ということが滲み出てる。 まるで底無し沼のよう。 この人と絶対、救命ボートに乗り合わせたくないわ…。 トランプさんはもっと品があるよね。 スピリチュアリティがある(トランプさん)、無い(例のお婆さん)…みたいな感じ? トランプさんがラリーをしてた頃、アーミッシュのコミュニティも応援してるというのが話題になっていたよね。 私はアーミッシュの人たちとも仕事で話させてもらったことがある。 ステレオタイプな先入観から緊張していた私に「きみはどこの人?」と一家の長老みたいな人が聞いてくれて、私が日本人ですというと、「日本か、よく知ってるよ」と言って、私に色々話してくれた。 めちゃくちゃ大柄で長身なのに、エネルギーが平和的だから、私は威圧感を全く感じなかったもの。 楽しかったなぁ。 宗教や文化だけじゃなく、国境も超えて色んなコミュニティの人たちを繋げることができたトランプさん。 やっぱり彼のスピリチュアリティに共鳴したんだと思う。 ずっと「これはスピリチュアル戦争だ」とアメリカやイギリスのトランプさん支持者が言ってたのだけど、最終的には一人一人、個人の中で起きてる変化そのものがそうなんだと思う。
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昔よく、嘘ついたら針千本の〜ますと言っていたけれど、今でも言うのかしら。
ちょっと前、6歳になる甥っ子と電話で話した時、「最近泣いたこと」を教えてくれた。 私がどうして泣いたの?と聞くと、「友だちに嘘をつかれたから、ボク哀しくてウェーンって泣いちゃったんだ」と答えた甥っ子。 美しい。 甥っ子にはそのまま大きくなってね…と思う。 でも甥っ子は「勘違いしないでよ」と言わんばかりにこうも付け加えた。 「でもボクは弱虫じゃないんだよ。ケンカだって強いんだ。」 そんなことはわかってる。 「いやいや、それよりも嘘をつかれて涙を流せる君の純粋さが、実は腕力よりも強いんだよ」と伝えた。 大人になると、嘘は、誰かに対して嘘をつく・つかれるというよりも、自分に対してつくようになる。 それは我慢する・諦めるという形で出てくるようになる。 言いたいことを我慢する。 やりたいことを諦める。 結果、裏切られた気持ちや、悲しみが募り、それらを怒りで隠すようになり、自分でも気づけないぐらい深くて遠いところへ押しやってしまう。 これまでの文明は、そんな生き方がメインストリームで、そうじゃない生き方、在り方がオルタナティブだった気がする。 でも、去年辺りから急激に全体のエネルギーが変わってきて、というのは皆の意識が変わってきて、自分に嘘をつけなくなってきた。 それは色んな意味で、「もう待った無し」というか、「ええかっこ」してられなくなってきてるから。 ロックダウン3回目のイギリス、ロンドンは医療崩壊とか、日本のニュースやネット界隈で見たけれど、あまり騒がないでほしいし、ロンドンを使って日本をこれ以上、自粛以上ロックダウン未満に追い込まないでほしい。 ロンドンのデータも、ディベートがされていて、実態と異なるのでは?と分析する専門家もたくさんいる。 というのも、私自身ロンドンのど真ん中ではないけど、テムズ川の南東エリアに住んでいて、シュールな日々だった去年も、今も、人々の暮らしは続いてると知ってるから。 ロンドンの現市長は、ロンドナーからもイギリスの有権者からも見放されていて、次回の市長選に出馬すると言ってる人々も、私が知ってるだけでも3人いる。 それぞれのビジョンや主張はさておき、共通しているのは皆、ロンドンを愛するロンドンっ子ばかりということ。 私はレジデントなので選挙権は持っていないからイギリスの選挙にそこまで関心も持ったことはなかったけれど、これまでの市長選はとは違う、政治家じゃない人たちも名乗りをあげてるのは興味深いと思った。 そう!今の市長にはロンドンに対する愛が感じられない! だから皆、「ロンドンをこんなにしおってからに!!」という思いから出馬する感じがする。 TalkRadioというインディペンデントラジオ局があって、そこのホストの女性がロンドンのシティの写真をアップして「美しいロンドンをこんな惨めな姿にしたことを絶対に忘れない💢」というコメントをしていた。 大金を投入して作られたナイチンゲール病院もとっくの昔にほぼ使われないまま解体されたようだし…となってくると、報道と実態にアンバランスさを感じてしまうね。 「殆ど使われなかった」と報道された時も、非難轟々だったけど、「取り越し苦労で終わって良かったね」と、すぐに方針を変えて色々再開すれば良かったのに…しつこい。 主要ニュースアウトレットの報道や、御用セレブ、学者らのコメントばかり見てると、ディストピアチックだけど、一歩外へ出れば、やっぱり人々の生活は続いてるし、食糧難でも、トイレットペーパー難でもない。 もちろん、何事も起きていないわけじゃないけれど、健康面で余裕がない場合、ご本人が一番よく分かってるから、周りがごちゃごちゃ指南するところじゃない。 それよりも痛々しいのは、私の住むエリアには個人経営のお店が色々あったのだけど、例えば近所にずっとあった家族経営の、今時珍しかった旅行会社は潰れてしまった。 自分で予約して行きたいところへパッと行けちゃう人が増える一方で、やっぱりこういう個人経営の旅行会社で旅行の計画をする方が良い人たちや、会社の出張の手配を一括して委託してたりもするから重宝されていたはず。 でも去年の夏には「我々もCovidの被害者となりました」という張り紙が出てた。 Casualityという言葉を使っていたのが痛々しかった。 週末は、西イングランドで、海岸のベンチに座ってた女性が逮捕されてしまったらしいけど、ここからは、警察だろうと、政治家だろうと、一般人だろうと、これまで何度も使われてきたレトリックにハマらないように意識しなくちゃならないなぁと感じた。 このレトリックは何かというと、私たちの奥深くに沈んでる怒りとか悲しみの感情を刺激して、本質から逸れた思考や行動を取らせる誘導、プログラミングのこと。 かつて、ナチスがユダヤ人を強制収容所に連行した時、それぞれのバラックを管理するため、囚人からリーダーを募った。 リーダーとなって身内を監視し、適切でない者を告発すれば、少しだけ待遇が良くなるの。 良くなるといっても、ホロコーストサバイバーのジョン・レヴィの本によれば、穴のあいた靴下を貰えるとか、カビの生えたパンを半分貰えるとか、そんなの。 それでも、裸足で木靴を履いて雪の中強制労働させられていた囚人にとって、穴があいてようがウールの靴下は生存率がアップするから…と、リーダーになる者は結構いたらしい。 そうやって身内からリーダーが出れば、囚人に甘くなるのではないか?と思うなら甘い。 リーダーはリーダーで、通報もしなければ「仕事をやってない」疑いをかけられるのではないか、というループにハマってるから。 そうやって身内に監視させる方が、実は一番醜い結果になると、人類を分断して支配し続けたい存在たちはよく分かってるのね。 だから、たまに↑みたいな警察の横暴ぶりが流れてくる度に、私はこの話を思い出すの。 ほんの一握りの警察官が、その人たちの中にある怒りや悲しみが刺激されて、逸脱した判断を取り行動してしまう。 そんな人たちを引き寄せる一般人も、例え何もしていなくても、それぞれの中で静かに潜んでいた怒りや悲しみが、そういう警察官を引き寄せて、有り得ない行動を取らせてしまう。 スコットランドでも、警察官が一般家庭にやってきて「ここに大勢の人たちが出入りしていると通報があったので家宅捜査をさせてもらう!」と言って、戸口で抵抗する両親を(恐らく13歳ぐらいの)長女がスマホで撮影した動画も見た。 押し問答の末、警察官二人はドアを押し破り、長女は張り倒されヒステリックな悲鳴が聞こえた。 一家全員が連行されたと書かれていたけれど、いつの時代もやりきれないのは子どもたち。 これは起きるべきじゃなかったし、すごく悲しい事件だけれど、その場にいた、それぞれ大人たちの中に潜む怒りがお互いに引き合ったからでもある。 ナチスが戦争に負けて、収容所で働いてた人たちも裁判にかけられたのだけど、「私は命令に従っただけだ」と答えたけど…そうはいかないのよ。 最後は個人の問題になる。 それはやっぱり、意識してようとしてまいと、常に選択しながら私たちはそれぞれ、個々の現実を創っているから…ということなんだろうね。 ソーシャルメディアの言論統制が猛スピードで激しさを増している。
あれよあれよという間に、ソーシャルメディアの嫌う人たちのアカウントがどんどん削除または、永久凍結されていくのをリアルタイムで目の当たりにした。 現職の大統領のアカウントを凍結する権利が民間企業にあるのかしら。 恐らく多くの人たちは「あ、そうなの?ま、私、ツイッターなんて使わないし」と、自分には関係のない政治的な出来事のように感じてる気がする。 私が当事者意識に欠けると指摘すると、大抵「じゃ、どうすればいいのよ」と不機嫌そうに言うの。 私が「別に何かをしろって言ってるんじゃなくて、知ることが大事。あなたはあなたのやりたいことをやればいい」とか言うと、「はぁ?」と言われる。 知ることがとても大切だってわからないのかしら。 私は現実をいろんな方向から見て、感じて、知ることは、私たちの意識に影響を与え、それがその人の、一人一人の選択に影響を与えると思ってる。 何を選択するかは個人の自由。 すると「え?選択?そんな面倒臭いこと知らんし。しんどいわ」みたいな反応もあるけれど、それもその人がしている選択なの。 Be the Master of your own reality、自分の現実は自分が創っている、つまり自分の体験は自分が作ってる。 マスター=自分 マスターは、どんどん新しく自分で自分のルールを決め、それをベースに選択をし続ける存在。 常に「誰か」の選択の犠牲になる存在ではない。 以前も書いたけれど、そんな時、自分とする約束(アグリーメント)を決めておくとブレない。 そんな風に、意識してようがしてまいが、自分が常に選択していることにより、私たちそれぞれの体験(現実)は創られていく。 選択していないつもりでも、選択してる。 ベストな選択をしてるつもりでも、実は干渉され、誘導されてるから、自分とのアグリーメントが無いと混乱しやすい。 また、私もかつてそうだったけど、政治的になりたくないって感じてる人も多くて、例えば、不正だとか贈収賄だとかも、「必要悪」ぐらいに捉えてて、「しょうがない」と諦めてる。 でも、この世に生きてる限り、たとえどんなに人里離れたところで、オフグリッドで、自分でファームやって自給自足で生活していたとしても、存在するだけで、私たちは皆ポリティカルな存在なんだと思うよ。 昔、美大にいた頃、私の好きな作家の一人、インカ・ショニベアにチュートリアルをしてもらえた。 その時に私が自分の作品はポリティックス(政治的なこと)とは、繋げたくないって言ったのよ。 そしたら、インカに「What do you mean? Everything is political nowadays! Even a question like “What would you like to eat?”」言われた。 「意味がわからないよ。昨今は全てが政治的だ。『何食べたい?』なんていう質問でさえも。」 何でそんな話になったのかは思い出せないけど、この会話だけは記憶に残ってる。 とか言いながら、当時の私は、論文のためにソビエト時代に政府お抱えプロパガンダアーティストだった、イリヤ・カバコフをリサーチしてたなぁ…。 面白いことに…。 彼のスケッチで、クローゼットの中に暮らす男性っていうのがあって、シンプルなシャツを着た男性(本人)で確かローゼンタールという名前だった。 クローゼットの中は、窮屈なカプセルホテルみたいな感じで、ろうそくの灯りの下、何かを描いてる。 その感じが、当時私が感じていた「窮屈さ」と共鳴したんだろうね。 イリヤ・カバコフはその後、アメリカに亡命したのだけど。 その頃は、エネルギーワークとかヒーリングとか全く知らない頃。 自分の現実、自分がどう体験するかを私自身が決めているなんて思いもよらなかった頃。 与えられる刺激にそのまま反応して、あっちこっちに引っ張り回されていた頃。 自分が常に選択し続けていることも知らなかった頃。 反応させられることが、生きることだった頃。 「ここ」じゃなければ「あそこ」へ行けば良いと思ってた頃。 今の私は、あの頃よりもたくさんのことを知ってる。 自分とする約束、自分とのアグリーメント↓ぜひ。 https://www.kaekonakagawa.com/12502125251246412300299832162921147122891245612493125231246212540124342486312376124241235812301/3269675 |
Ray of Sunshine
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