![]() 日本語に、魔がさすという表現があります。 「ついつい、魔がさして…。」 魔がさす瞬間とうのは、誰にでも心当たりがあります。 この魔というエネルギーも実在します。 お察しの通り、周波数は決して高くありませんが、エネルギーの法則は高低だけではありません。 いつも言っているように、エネルギーは強いものが制するのです。 路上で、ミュージシャンらが素敵な音楽を演奏している横を、割れんばかりの音量をスピーカーから出しながら、ダミ声で語りかける宣伝車が通れば、私たちはそちらに耳を傾けるように、共鳴する時は強いエネルギーに共鳴してしまうのです。 だから魔というエネルギーも、周波数は低くても、パワーが強いと、周波数が高い健康な個体も飲み込まれます。 魔がさす…、辞書の意味は「悪魔が心に入りこんだように、一瞬判断や行動を誤る。出来心を起こす」とありました。 魔がさすと、人間は鬱々としてしまい、何となくやる気も失せ、身体もだるく、視野が狭まっていきます。 自覚が無いと、それらを晴らそうとして「思い切った」行動に出てしまうこともあります。 自殺願望や、他殺も、そういうマインドの状態で起きることが多いようです。 じゃ、どうすれば良いか。 周波数を高く保つのはもちろんですが、それだけでは、周波数は低いけどパワーのあるヤツに制されてしまう(共鳴させられてしまう)可能性は無くなりません。 かといって、自分のエネルギーを強くしてみたところで、強いものには強いヤツが近寄ってきます。 私はここに挙げる2つをいつもおすすめしています。 一つは、自分の気持ちのアップダウンに気づけるようになること。 それはこんな感じ。 「あれ?今日は私、なんか落ち込んでるな…。大丈夫かな?じゃ、今日は何でもゆっくり進めよう…。」 それだけか?!とか言わないように…。 というのも、一番危ないのが、落ち込んでることに自覚が無いままの人で、そんな人はそのままどんどん落ち込んでいくわけです。 憑依も、マインドコントロールも同じ状態で、そのままどんどん下降していった挙げ句、それに気づかないまま自殺を選んだり、その人らしくない言動を取ってしまったりするわけです。 というわけで気づきは大切です。 がしかし、これはバンドエイド、すなわち応急処置です。 魔というエネルギーは、私たち人間の心の深淵を見透かして、普段、私たちがエゴで守ってる感情を嗅ぎ分けてくるわけです。 だから、気づくのは第一段階で不可欠ですが、その次の段階は、このエゴで隠してきた感情を消化すること(リリースすること)です。 リリースというのを難しく考えず、まず、自分のエゴを自覚して、それが守ってきたものも自覚する…、そんな感じで捉えると良いです。 魔がさしてる、ついてる、そんな状態を憑依と捉え、俗に言う「祓おう」とするやり方もありますが、私はそれもバンドエイドで応急処置と捉えています。 苦しくて仕方がない時、それで取り敢えず危機を回避したら、必ず2つ目の「そもそも、私の何が魔を寄せたのか?」について必ず感じなければ、根本的に何も変わっていません。 必ず、自分の中にも磁石があります。 この磁石を持ったまま、波動をあげても、祓っても、追いかけっこが続くだけ…。 バンドエイドを貼り続ける人生が続きます。 第一、祓おうとする時は恐怖がベースで、そうやって魔を祓ってる内は、目の前にある現象を何とかしようとしている時ですから、いつまでも後出しジャンケンに負け続ける感じで、リードできないまま…。(逆さまになってた鏡の法則>>>>) そしてこの現実は多次元…、典型的な人間の視覚によって捉えることができない存在がたくさん重なってても不思議ではないと思いませんか? お互い、干渉して「おい!キサマなぜここにいる?!ここはオマエの居場所じゃない!」とか、やり合ってるのってまさに…。 それがそもそもの戦争の始まりなわけです。 「ぶつからんのやったら、別におってもええやんかっ!」…みたいな感じOKです。 そんな私のスタンスはこうです。 「あ、そうですか…。え?いても良いかって?そんなこと知りませんよ。ご自分でお決めください。私に聞かないでください。では…」という感じでニッコリ一礼する。 そして自問する「コレが何であれ、私の中にコレを引きつけた磁石があるわけよね。何だろうか?」って。 周りに何がいようと、誰があなたに呪いをかけていようと、知ったこっちゃないのです。 干渉すること…は、相手のゲームにハマることです。 そこから抜け出し、私たちはそれぞれ自分のゲームをプレイしましょう。
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Ray of Sunshine
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